WEBサポーター・ライフコーチの読書と日々の徒然|滋賀県大津市

パソコン講師&WEBマスター20年以上の経験と、カウンセリングやコーチングスキルを合わせて、WEBコーディネーターやってます。おすすめの書籍もご紹介。WEBサポーター、コーチ、セラピストとしての日々徒然です

「ちゃんとする」のワナと呪いについて考える

「呪い」といっても、オカルト的に誰かを呪うとか、誰かに呪われる、とかの話ではありません。

「呪う」って実は案外簡単なようです。ある意味、子どもに対する過剰な母の愛ってやつも一種の呪いになりかねないんですよね。

「怪我してないかしら」「間違ったことしてないかしら」

こんなこともともすれば呪いの言葉となる。

「言霊」という言葉があるくらい、人の言葉はエネルギーを持つし、それを「呪い」と呼んでいるのかもしれません。

 

さて、今日は楽しみにしていた朝活でした。

その中で、気づくとやっちゃっている自分の癖を話していたところ、「ちゃんと」という言葉がやたら出てきました。

「ちゃんとしなきゃ」「ちゃんとできてない」

ちゃんとするってなんやろう、なにをちゃんとするんやろう、という問いかけを自分にもしていたんだけど、明確に答えが出てくるわけでもない。

明確に「ちゃんと答えを出す」ループにも入りそうになる。

まさに「ちゃんと」のワナなんでしょうね。

 

子どもの頃に言わ続けた「ちゃんとしなさい」

心理学やらスピリチュアルやら勉強してきて、ブログやら本で学んで、「ちゃんとする」に意味はないと感じてても、無意識に織り込まれている「ちゃんとする」

自分が苦しかったから、子どもにはそんな思いはさせるまい、と思ってたはずなのに、気が付くと「ちゃんとしーや」と言ってしまっている。

「ちゃんと」って親から子へ、そして次の世代へ、代々引き継がれているある意味呪いなんかもしれません。

 

ちゃんとの呪いから抜け出そうと、「ちゃんとしてなくていいよ」と、許可を出しても、長年無意識に刷り込まれてきた呪いはそう簡単に解けなくて、気づいたら「ちゃんとしなきゃ」と思っている自分がいる。

 

「ちゃんとしなきゃ」って思ってるまたは口にした自分に気づいたら、その「ちゃんと」はどういう状態なのかを見つめて、具体的な言葉に変えてみる。

 

たとえば、ちゃんと家事しなきゃ!と思ったら「ちゃんとした家事」ってどんなものなのか、具体的に考えてみる。なるべく曖昧な形容詞は使わないで。

きっと人によってそのちゃんとは違っていて、掃除ひとつとっても

  • 床がピカピカになるまで磨く
  • 掃除機を毎日かける
  • 窓拭きまできちんとする
  • とりあえず散らかってるものが片付いてたらいい
  • ホコリがなければいい

全然違うと思うのです。

 

自分が望ましい状態がわかれば、その状態にすればいいだけ。

子どもにつたえる時も、ちゃんとしなさい!じゃない言葉で「こうしてほしい」をつたえるだけ。

これね、自分の状態を理解することの助けにもなるんじゃないかな。

そう思うと、ちゃんとの呪いって、ある意味思考停止を招くんですね。

 

そろそろ、ちゃんとの呪いに気づいて、思考停止をやめませんか。

自分の状態を理解して、本来の自分になれるんじゃないの?なんてことを考えた朝活でありました。

 

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